相対的二元均衡論

2006年1月12日(木)

自分が生きてきた中で育んできた思想に、「相対的二元均衡論」があります。このネーミングは今付けてみました。

この思想の概略は、「全ての事象は相反する要素同士が常に均衡を保つ方向に働いている」というものです。

目に見える簡単な例としては、時間があります。一日の生活の中に、6時間自分の自由にできる時間があったとします。仮に私と仲の良いAさんとBさんがいたとして、今までAさんに5時間、Bさんに1時間の時間を割いていたとします。Bさんにもっと時間を割きたくなり4時間をBさんに費やすと、必然的にAさんには2時間しか割くことができません。Bさんにとっては3時間付き合う時間が増え、Aさんは3時間付き合う時間が奪われます。しかし、6時間という時間だけは私にもAさんにもBさんにも平等に流れ、Bさんが今まで使うことのできた3時間が失われ、その代わりAさんは新しく3時間を自由に使えるようになります。

そんなの当たり前ジャン!と思うかもしれませんが、これは「時間は平等に流れる」という当たり前すぎる事実を認識できるからです。これが目に見えるものでなく、気持ちや精神面や運不運、人生そのものなど、目に見えない事だったらどうでしょう?

私は、目に見えない事柄においても、この考え方が当てはまると思っています。この考え方は自分の中では真理に近いものがあり、自然と意識の裏で働いています。例えば自分が不幸になれば、その分幸せになっている人がいることを意識するし、自分が幸せであれば、その陰で不幸になっている人がいる、ということを意識します。世界のどこかに「とてつもない」正義漢が誕生すれば、同時に世界のどこかにそれと同じだけ「とてつもない」悪漢が誕生します。何かを得れば、得たものと同じだけ失われるものがあります。誰かに気持ちを向ければ、同じだけ気持ちを向けれなくなる人が現れます。全ての物事は、何かに比重が偏ると、それと相反するものが均衡を保つように働くと思います。
 また、この相反する要素は、人を中心として考える場合は人と人かもしれませんし、一人の人の中で生じるものかもしれません。もしかしたら、人と人以外の生物かもしれませんし、人と地球かもしれません。例えば何かに失敗したとき、それと同じだけ成功する人がどこかに現れるか、あるいは同じだけの成功を自分が得ることができます。もしかしたら、その失敗と同じだけの成功が他の動物や地球そのものに還元されているのかもしれません。

どちらかに偏ったままにはならない、というのがこの思想の根本です。

なので、例えば自分の身に悪いことが起きたときにも、一度立ち止まって考えてみることが大切です。それによって他の人に良いものがもたらされているかもしれませんし、もしかしたら自分にとって良いものを得るチャンスを見出すことができるかもしれません。もしかしたら、自分が一生気付かない場所で均衡がとられているかもしれませんが、とにかく自分に起きた「良いこと」も「悪いこと」も、どこかにそれに反する影響が出ていることを意識できれば、物事を素直に受け止めることができるのではないかなと思います。

こんな考え方は古くからあると思いますが、残念ながら思想の勉強とかをしていないので、どんなものか知りません。なので、とりあえず私の中では「相対的二元均衡論」だと思うようにします。

うわー、なんか胡散臭い思想家や宗教家っぽい話になってしまった。
まぁいいや。

投稿者 なおか : 23:59 | 1.めいん

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コメント

早退的ビゲン近郊ロン!

ごめん

細かくてタイトルしか読んでないOTZ

投稿者 ぎん : 2006年1月13日 00:22

ちと読ませてもらって真っ先に思ったことはそういえばこんなようなこと言ってた映画あったのを思い出しました。
話の内容も最後まで見たのか覚えてないほど忘れてしまってるのだけど出演者から探ってみたところアンブレイカブル(けっこう有名な映画?)でした。あんな映画といっしょにしないでくれとか言わないでね(笑)
たしかに面白い考え方だなあと思いました、しばらくいろいろ考えていたところパッと歌詞が浮かんできました。
「なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せ、なるべくいっぱい集めよう、そんな気持ちわかるでしょう」
この思想とあの歌詞をつなげていいものかわからないけど自分なりに解釈して頭の片隅に置いておこうと思います。
めでたく初コメントさせていただきました、とりあえず本名を名乗っておきました。

投稿者 タクミ : 2006年1月13日 18:26

森羅万象を2元ってところは、ちょっと違うかもしれないけれど、どことなく仏教っぽい感じがする。

「因果応報」とか「縁起」という言葉が浮かんできました。

今日バレーの大友が結婚したらしいけれど、どこかの誰かに何か起こってるんだろうか?

投稿者 お宮 : 2006年1月13日 19:49

コメントありがとうございますー!
半分ネタっぽくなってしまいどうなるかと思いましたが、文章を読んで何かを感じてくれたのなら幸いです。

アンブレイカブル、週末にでも観てみよう・・(一度観たことあったし好きな映画なのに、全然思い出せない)。

投稿者 naoka : 2006年1月14日 09:18

私はこれを読んでエントロピーの法則を思い出しました。
幸せと不幸が均衡を保っているこの世界では感情のエントロピーが増大していることになるのでしょうか。

投稿者 xriver.jp : 2006年1月15日 00:49

なかなか興味深いお話しなので2時過ぎても寝れません。それはおいておいて、飲み会の帰りちょうど同じことを考えていたのでコメントさせていただきます。先日飲み会が楽しくて帰りが遅くなってしまったので最寄駅からタクシーで帰ることにしました。最寄り駅からは自転車で12分ほどなのですが、場所的に治安が悪く、広くて2F建ての駐輪場は夜は管理の方がいません。帰り道は広い道路沿いを真っ直ぐ走るだけですが、途中広い公園や若者がたむろしそうなコンビニがある為です。でも駅を出るとパトカーが止まっていたので駐輪場までは安全かな、と駐輪場へ行きました。すると管理のおじさんが二人雑談をされていて、あれほど管理人が頼もしく見えたことはありません。すっかり安心して自転車を取りに行き、帰り防犯ベルを握り締め道路を走っていると警察官がちらほら見えました。おかげで精神的に楽になり無事に帰り着いたのですが、私が無事帰れたという幸せの影には何か事件があったかもしれないと思うと他人の不幸の上に幸せが成り立っているというのはこういうことかなとふと考えてしまいました。以上長々読んでくださってありがとうございました。自分の日記に書けばよかったかな。

投稿者 メロンソーダ : 2006年1月15日 02:14

こういう題材って意外とレスが付くんですね。ちょっとビックリ。
 物理が大の苦手だったので、「エントロピー」と聞くと可愛い小動物だと思うようにしているのですが(意味不明)『幸せと不幸が均衡を保っている』という表現は、まさにそんな感じがしますね。

帰りの警察官の話は、もしかしたら何かがあったのかもしれないですね。でも、精神的に安心して帰れたのは良いこと以外の何ごとでもありませんよ〜。

投稿者 naoka : 2006年1月15日 19:37

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