未来が思いやられる話。

2004年12月15日(水)

ウチの会社の朝礼では三分間スピーチという行事が毎日あります。日替わりで誰かが指名され、3分程度で話をするというもの。
今日は徹夜明けでぼーっとしてたら総務のSさんからスピーチ指名がかかり、ネタを探していました。で、今日のスピーチで話した内容はこんな感じ。

『今朝ニュースを見てたら子供の学力低下の記事があり、世界中でも日本の学力順位が下がってきていること。天動説を信じている子供が多いという話を聞いたこと。それらを話した上で、その原因となるのは数年前から施行された「ゆとり教育」にあるのではないかと言うことを話しました。本来勉強は学校ですべきで、学校以外の生活にゆとりを持たせるべきなのに、学校で何も教えなくなったから塾に行くことが必須になってしまったので、「ゆとり教育」自体おかしなことだと。自分も将来子供を育てる立場になった時に、現在の教育方針は非常に不安だと。学校で本来の勉強をし、それ以外の時間で子供らしく遊べるような時代がきてくれたらなと。』

まぁ、そんなことを話したわけです。実際、「ゆとり教育」が始まるときも、その内容を聞いて甚だしく疑問を感じたし、こんな日が来ることははっきりと解っていたので、現状を見て驚くわけではないんだけど、どうしても暗い気分になってしまいます。

しかしながら、話した直後に「もしかしたら俺、間違ったこと言ったかもしれない」と思いました。よくよく考えてみたら、地球が自転していることなんて学校で教える以前に親が子供に普通に教えるべき話なんですよね。太陽が東の方角から昇ることにしても学校で教えるのはその詳細な仕組みであって、東の方角から昇ること自体は常識として親が教えるべきです。というか、教えなければいけません。で、地球が自転している話や太陽が東の方角から昇ってくるという話を親から聞いていて、改めて学校でその授業が行われたときに初めてその仕組みまで知り、「あー、そういうことなんだぁ」って思った瞬間に、知的好奇心が満たされたことの面白さを感じるんだろうし。
なので、本来今朝言うべきだった台詞はゆとり教育を非難する内容ではなく、ゆとり教育をつくった大人、受験戦争をつくった大人、子供に一般常識を教えない親に対して疑問を投げかける内容であるべきだったのです。

自分的に間違ったことを堂々と言ってしまったなぁ、と恥ずかしくなりました。

でも、ゆとり教育が良くないことも自分の中では間違い無いことで、理想は学校で十分な学習をして、放課後は(少しの宿題をしながら)自由に子供らしく遊ぶことだと思います。始めから塾に教育の一部を任せてしまう現在の学校教育では、子供が自由に考えて、遊ぶ時間がどんどん削られてしまうじゃないですか。子供の頃自由に考えて遊んだことが、大人になってからの知識や知恵のキャパシティーを広くすることに繋がると思うので、遊ぶ時間がとれない子供がまともな大人になれるわけないと思います。
ゆとり教育が施行された時、俺は将来子供を育てることになったら、この国の教育を受けさせたらいけないなと思ったけど、改めてそのことを痛感しました。でも、他の国で育てられないようなどうしようもない状況だったら、やっぱりこの国で育てるしかないです。学校ではちゃんと勉強して、それ以外の時間は遊び回って喧嘩して冒険して、大きな大人になる下準備をちゃんと積んでくれる子供をイメージしているのですが、果たして実現されるんでしょうかね・・・。結局は(もし結婚したらだけど)親になった俺(嫁さん)次第だとは思うのですが。

−*−*−*−*−*− 閑話休題 −*−*−*−*−*−

社内で「てつやの松ちゃん」なる不名誉極まりないあだ名をつけられました。もう徹夜なんてしないよ!って言ってた割に、今日は徹夜明けだったりするので、説得力ないよなぁ・・・。流石に日中集中力がガタ落ちしていたので、今日は早めに帰宅。でも明日は紀南方面まで出張の上にやらないといけない仕事量が決まっているので、どうやら明日も泊まりになりそうなんです。はい。

そうそう、修理に出していた鞄が戻ってきました!しばらく不便していたので、ようやくまた愛用鞄と共に生活できそうです。今日はそれが一番嬉しかったことでした。

投稿者 なおか : 22:59 | 1.めいん

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