他人が求める俺、俺が求める俺
2004年06月29日
周囲がどういう目で自分のことを見ているのか、気になることがあります。今の職場では、前職の轍を踏まないように、注意して仕事をしてます。まだ入社後4週目ですが、それなりに信頼され、作業もマイペースで順調に進んでいます、いまのところ。
そんな中で、フッと怖くなることがあります。自分はこのままどこへ行くんだろうか?このままでいいんだろうか?って。今周囲の人が見ているのは、完全に作られた俺で、本質は全然別のところにあって、そして、それは理解されることはないんだろうな、って。
知ってる人は知ってると思うけど、俺は、内面的にはかなりアナーキーな性格です。一般常識は知識として知っていても、それに従うようなところがないし、内向的だし、世の中のいろんな出来事に対して内心毒づいてます。
でも、日常生活では、それを出しづらい状況になってきました。そして、このサイトでも、出しづらい状況になってきてます。
人との繋がりが増えると、誰かの不利になることや誤解を受けることなど、言えることが減ってくるように思います。例えば、誰かのために何かを言ったら、他の人にとっては気分を害する言葉であったり。
これは、多かれ少なかれ、みんなが思ってることですよね。
まぁ、言いたいことを言いまくることが良い結果を生むとは思えないけど、自分の正直な言葉は常に出すようにしたいと思ったりします。
このサイトは、まさにそんな感じなんですけどねぇ。
ただ、今の状況がずーっと続いて、最終的にアナーキーさや棘や毒が自分の中で消化されたらどうなるんだろう。
俺が何かを創るとき、そのエネルギーになるものは、楽しいことよりも、むしろそうでないことの方が多いです。それは、不安であったり憎しみであったり悲しみであったり辛さであったり。俺は、喜びや幸せをエネルギーに変えることが出来ないんですよね。喜びや幸せには浸ってしまい、物作りの立場から見たら、堕落以外の何物でもありません。
かといって、不幸を望んでるかと言えばもちろんそんなことはなく、常に最上級の幸せを求めようとしている自分もいたりします。
こんな話になったとき、いつも俺が例えに出す誰にでも分かる例が、「モーツァルトとベートーベン」です。
俺は、モーツァルトの楽曲は嫌いです。軽すぎるし、薄っぺらいです。これは、メロディや演奏のことを言っているのではなく、楽曲の根底から感じる精神的な部分のことね。たいした苦しみもなく安穏と生きてる人には、本当に心の底から湧き出るものって形にできないんじゃないか、ってずっと思ってます。
だから、いつか俺が、本当にマイナスな感情が緩和されて、常に幸せを感じるようになったら、何かを創ろうって思うことが無くなる、というか、創れなくなってしまうんじゃないかと思って、それが怖かったりします。
こんな話をすると、なんだかすごく暗い人間な感じが(自分でも)してくるけど、実際に接点のある人は知ってる通り、暗い人間ではないと思ってます。むしろ、必要以上に明るいような。でも、それは本質じゃないです。表情や動作は、今まで培った知識や経験から出てくる条件反射でしかなく、俺そのものを表現してるわけではありません。
たぶん、自分の本質的な部分は自分が創るものに出てきていると思ってます。このサイトもそうです。ここを見て、詰まらないって感じた人にとっては、多分俺は詰まらない人だし、暗い、って思った人にとっては、俺は暗い人です。このサイトを見て感じたことが、そのままその人にとっての俺になると思ってます。
俺は、顔で笑って、心で舌を出してます。本当に舌を出すことが、本来は一番良いことなんだろうけど、舌を出したら叩き潰されます。そういう社会ですし。でも、このサイトでは、常に舌を出している自分でありつづけたいです。
いつか、何年もこのサイトの更新が止まってしまったときは、俺がすごく幸せ一杯で生きているか、この世から消えているかのどちらかです。
皆さんは俺に、幸せであって欲しいですか?あって欲しくないですか?笑
俺が求める俺は・・・
なおか :: daily note :: 13:35 :: Permalink





